中部
かしも明治座
加子母には、築130年を超える木造の芝居小屋が、今も昔の姿を残しています。
その名も「かしも明治座」
私は少し前まで、ここ「かしも明治座」で観光案内をしていました。
せっかくなので、これから少しずつ「かしも明治座」のことをご紹介できればと
思います。
私が「かしも明治座」のことを知ったのは、今から15年ほど前のこと。
きっかけは、明治座で行われていた地歌舞伎の公演でした。
地元の人たちが演じる歌舞伎は、「地歌舞伎(じかぶき)」や「地芝居(じしばい)」と
呼ばれています。
地域によって呼び方も少し違うようです。
もともと歌舞伎に興味があったわけではありません。
それでも、初めて芝居小屋で見る歌舞伎がとても面白くて
すっかりハマってしまいました。
特に印象に残っているのが、その年に上演された「白浪五人男」です。
ざっくり言うと、5人の泥棒を捕り手が追いかけるお芝居で
それぞれに見せ場があります。
初めての歌舞伎で内容がわからなくても、「おぉ~!」と思わず引き込まれるような
演目です。
その年、5人の泥棒役を演じたのは
地元の警察官、郵便局長、校長、教頭、PTA会長
(だったような…)
そして、泥棒を追う捕り手を子どもたちが演じていました。
泥棒役が「見得(みえ)」を切れば、客席から大向こうの声がかかります。
「よっ、警察官!」
すると、会場は一気に笑いに包まれます。
子どもたちの演技にはお捻りが飛び、客席からも声がかかる。
舞台と客席、演じる人と見る人が一緒になって、一つの空間をつくり上げている。
その感覚を、私は初めて体験しました。
話は変わりますが…
木造の建物というと「大黒柱」を思い浮かべる方も多いと思います。
でも、かしも明治座には「大黒柱」がありません。
その代わりに、大きな梁と桁が使われています。
その梁と桁によって、柱に遮られることのない大きな空間がつくられています。
かしも明治座が建てられたのは、明治27年。
当時は機械もトラックもありません。
それでも、木材はすべて自分たちの山から伐り出し、人の力で引っ張って運び
わずか1年ほどで建てられたそうです。
地元の娯楽施設として、地歌舞伎だけでなく、映画やコンサート、余興大会など
これまでさまざまな催しが行われてきました。
今は、わざわざその場所に行かなくても、映像や音楽などを気軽に楽しめる時代に
なりました。
それでも、芝居小屋に足を運び、その場にいるからこそ感じられるものがあります。
人の声、拍手、笑い声。
演じる人と見る人が同じ空間を共有する感覚。
そうしたものが、かしも明治座には今も残っています。
今回は、私がかしも明治座を好きになったきっかけと、建物の一部をご紹介しました。
続きはまたの機会にご紹介したいと思います。
様子のわかる動画があります。こちらもよろしければどうぞ
可児支店 市橋